金髪がトレードマーク!美肌なのはワセリンのおかげ!? 40歳・守澤太志選手(秋田・96期)

2026.03.11

男女合わせて約2,400名いる競輪選手には、さまざまな経歴や趣味を持った選手がいます。『推すスメ!選手インタビュー』では選手個々のプロフィールを、インタビューを通してひもといていきます。

 

今回は秋田・96期、現在40歳の守澤太志選手にインタビューしました。

高校から自転車競技を始め、トラック種目の花形・ポイントレースでインターハイ優勝。インカレ(全日本学生選手権)では、ロードレースで優勝するなどの好成績を残した守澤選手。

大学卒業後は一般企業への就職は考えておらず、“自転車で食べていく”と決めていたそうです。

2009年にデビュー。2016年にGⅢ初制覇。2020年には『KEIRINグランプリ』に初出場し、3年連続で競輪界における最上位ランクのS級S班に在籍しました。

現在も最前線で活躍し、多くのファンから愛されています。

2人の愛娘と過ごすプライベートのことや今後の競輪人生について、ケガから復帰する際の苦悩などもお話してくれました。

 

 

トレードマークの金髪

S級S班になった時に“キャラ作り”のために金髪にしました。

S班から落ちることが決まって黒髪に戻したんですが、家族からの評判が悪くて…。

観客席からも「守澤金髪にしろ!」とか「俺はお前の金髪が好きなんだ!」という声も聞こえてきたんです(笑)。

金髪で僕のことを覚えてくれている人がいるなら、もうちょっと続けようかなと思い戻しました。白髪も意外と隠れますしね!

いまでも応援してくださる方が多くて、ありがたいです。

S班になる前なんて、「誰も知らないんじゃないか?」と思うくらい声援が無かったので(笑)。そういった面でも、S班ってやっぱりすごいんだなと思います。

 

 

自宅での練習をメインにしているので、家にいることが多いです。

とくに趣味も無いですし、子どもたちと過ごす時間が一番の楽しみです。家族で旅行もよくします。

 

沖縄にて

 

小学生と保育園に通っている娘2人なんですが、いまのところ2人とも“パパっ子”です。本当にかわいいですね。

家ではよく、子どもたちが大好きな韓国のガールズグループ『BABYMONSTER』の動画を流しているので、僕も覚えてしまい、カラオケで一緒に歌ったりしています(笑)。

 

僕の頭にいろいろ付けて「パパ、しなこちゃんみたーい!」と喜んでいました(笑)
いつもいたずらされています

 

 

競輪人生はまだ半分も終わっていない

小学校からアルペンスキーや野球、吹奏楽もやっていました。

走るのが苦手で、中学の野球部では1塁まで到達するのが遅すぎて「真面目に走れ!」と言われていました(笑)。

家の近所に自転車競技の強い高校があって、「スキーで培った脚力を生かせるかも?」と思い、高校から自転車競技を始めました。

 

 

明治大学に進学後は寮暮らしをして、朝4時半から100km乗る、そんな練習漬けの毎日でした。

単位が取れておらず、大学を卒業できなさそうだったこともあり、一般企業に就職する道は全く考えていなかったです。

将来は“自転車で食べていく”つもりで、ロードか競輪か、どちらの道に進むか悩みましたが、「競輪選手になる」と決めて競輪学校(現・日本競輪選手養成所)に入りました。

 

 

デビューして1年半でS級に上がることができました。競輪学校に在籍していた時の目標が「いつかS級に上がること」だったので、だいぶ早く達成してしまい、自分でも驚いたことを覚えています(笑)。

でも、一度A級に落ちたことが、練習方法や取り組み方を考え直すキッカケになったんです。

そのおかげで、S級に戻ってからはとんとん拍子でステップアップできて、2016年にはGⅢで初優勝できました。

 

 

2020年に初めて『KEIRINグランプリ』に出場。マッサージをしてもらっている方の助言でサドルを下げて、その乗り方に馴染んできた時期でした。

「なんで俺が賞金争いをしてるんだろう?」という不思議な気持ちでしたが、「今回しかグランプリに出られるチャンスは無い」とも思っていましたね。

2021年からは“赤いパンツ”を履いている立場(S級S班)として、どんな展開でも3着までに突っ込んでいけるように、どのレースでも決勝に乗ることを意識していました。

2年連続で『グランプリ』出場が決まった瞬間は、「ホッとした」気持ちと「また走れる」といううれしさがありました。

 

 

S班になって3年目の2023年5月、GⅠで落車し頚椎(けいつい)を骨折してしまって…。復帰後、無意識にケガしたところをかばっていることもあり、“今までの自転車の乗り方”を忘れてしまいました。

それからどんどん、悪いほうに引っ張られている感じで、S班から落ちることが決まった時は「ああ、終わったな〜」という気持ちになりました。

でも、「競輪人生が終わったわけではない。これからのほうが長い」という思いのほうが大きかったです。

いま考えると“乗り方”を戻せなかったのは、自分の実力と知識不足が原因だったと思います。

 

最近はようやく“以前の乗り方”を思い出してきて、ぼちぼち走れているんじゃないかと思います。昨年6月には2年ぶりに記念で優勝できてうれしかったです。

年齢も40代に突入して、年々体力も落ちていくと思いますが、別の部分で補いながら、できるだけ弱くならないように、考えてやっていきたいと思います。

競輪人生、僕の中ではまだ半分も終わっていません!平々凡々に、長く続けることが目標です。

お客様に申し訳ない走りをしないこと、“ライン”に迷惑をかけないことを何年経っても意識しながら、しっかり走っていきたいと思います。

 

プライベートQ&A

Q:好きなブランド

A:今日着ているジャケットは『CULLNI(クルニ)』というブランドのもので、最近よく買っています。

 

 

Q:愛車

A:車に興味が無くて、ずっとボロボロの『プリウスα(トヨタ)』に乗っていたんですが、S班になった時に『ベンツ』を買いました。

結局はファミリーカーのほうが便利なので、今は『ヴェルファイア(トヨタ)』に乗っています。

 

Q:好きなスポーツ

A:ロードレースはいまでも大好きです。最近シーズン入りしたので、ヨーロッパのレースをよく見ています。

 

Q:好きなYouTube

A:『【走りの学校】足の速さは才能じゃない‼︎』。

短距離走のテクニックを指導するスクールがやっている、早く走るための練習方法を教えてくれるチャンネルです。

腸腰筋(ちょうようきん)の鍛え方、地面からの反発を生かす方法など、短距離走の話ではありますが、自転車に生かせることもたくさんあるんです。

「なるほどな」と勉強になることばかりで、めっちゃ見ています!

 

Q:見た目で気をつけていること

A:最近、白色ワセリンを顔中に塗りたくっています(笑)。

無駄に化粧水などでケアするよりも効果があるとYouTubeで見たんです。僕の肌がきれいになってきたら、それはワセリンのおかげです。

 

 

守澤太志 Futoshi Morisawa

 

1985年 7月20日生まれ、秋田県大仙市出身

身長170.7cm、登録地は秋田県

 

2003年 インターハイ・ポイントレースで優勝

2004年 明治大学に進学

2005年 国体(現・国民スポーツ大会)・ポイントレースで優勝

2007年 全日本学生選手権・ロードレースで優勝

2009年 96期としてデビュー

2016年 久留米記念『中野カップレース』でGⅢ初制覇

2017年 『日本選手権競輪』で初のGⅠ決勝進出

2020年 『KEIRINグランプリ』初出場

2025年 300勝を達成

 

■詳しいプロフィールと出走情報はコチラ

 

    この記事が気に入ったら
    いいね! してね。

    その他の推すスメ!選手インタビュー

      おすすめの記事