【スポーツ総合雑誌Numberに掲載】「パリ五輪ではすべてを懸けてメダルを獲りたい」ケイリン日本代表・男子の‟怪物”太田海也と女子の‟エース”佐藤水菜の決意

2023.12.21

ケイリン日本代表の太田海也(右)と佐藤水菜

 

text by石井宏美(Hiromi Ishii)

photograph by Kiichi Matsumoto/Number

Sports Graphic Number1087・1088号(2023年12月21日発売)に掲載

 
 
 

日本発祥スポーツの威信を背負って世界と戦い続ける男子の“怪物”と女子の“エース”。両者が歩んできたここまでのキャリアは違えど、目指す大舞台への強い思いは変わらない。

 

2024年7月26日に開幕するパリ五輪が近づいてきた。現地では大会の準備が着々と進む中、各競技で代表争いが激化している。自転車トラック競技は、2024年4月14日までが出場枠獲得のための選考期間となる。2021年、2022年と2年連続世界選手権女子ケイリンで銀メダルを獲得し、国内でも圧巻の強さを見せる佐藤水菜、今年のネーションズカップで4回表彰台に上がった太田海也。パリでもメダル獲得の期待が高まる2人に大舞台への思いを聞いた。

 

パリ五輪出場権をかけた選考レース、2023年の初戦となった2月のネーションズカップ第1戦では国際大会初の金メダルを獲得すると、続く第2戦も制覇。さらに5月の全日本選手権トラックでは個人三冠、6月のアジア選手権トラックはケイリンで優勝するなど、ナショナルチーム女子のエース・佐藤水菜は圧倒的な存在感を放っている。

 

「素直に自分の力をぶつけたいと思って挑めていました。ここで仕掛けたら最後まで脚がもつのかなと考えて走るのではなく、とにかく全力を出し切らないと戦えない、いいレースができないと思って臨めていた。攻めのレースができていました」

 2023世界選手権・グラスゴー大会での佐藤水菜

2023世界選手権・グラスゴー大会での佐藤水菜 ©More CADENCE/Shutaro Mochizuki

 

だが、ケイリンで2年連続銀メダルを獲得していた8月の世界選手権では、同種目を2年連続制していたリー ソフィー・フリードリッヒ(ドイツ)やマチルド・グロ(フランス)、東京五輪女子スプリント覇者のケルシー・ミッチェル(カナダ)ら強者が揃った準々決勝で5位降格し、早々に敗退。スプリントでも2回戦敗退という不本意な結果に終わった。

 

「もちろん絶対に(金メダルを)獲りたいと思っていましたし、負けたくなかった。でも、今年はうまくいきすぎていて、上を見ずに下を向いて走っていたような気がします。少し怖気づいていたというか。いつもの私なら攻めの走りができていたのに、受け身の姿勢だったと思います。すべては自分の弱い気持ちがこういう結果に繋がってしまった」

 

■「初めて背中を追いたいと、憧れを抱いた」という存在

 

帰国後、8月中旬のオールスター競輪のガールズドリームレースでも「勝ちにこだわりすぎて消極的なレースをして、何もできないまま包まれて終わってしまった」と口をついて出てくるのは、反省ばかりだ。

 

ただ、この2つのレースは佐藤に大事なことを気づかせてくれた。「初めて背中を追いたいと、憧れを抱いた」という世界選手権女子ケイリン女王のエレセ・アンドリューズ(ニュージーランド)の戦う姿勢からは、自分自身に意識をフォーカスする大切さをあらためて学んだ。

 

「この距離は持たないだろうというところからでも勝負を仕掛けるし、走れてしまう。絶対に不利だと思われる場面でも彼女は絶対に諦めないし、勝ちにもっていくんです。もちろん、負けることもありますが、それでも次のレースでは取り返していて。アンドリューズ選手の姿勢に今の自分に足りないものが見えましたね。負けることにビビっていたら彼女のようなレースはできない。だから攻めの姿勢を貫こう、負けたらその時、またトレーニングをし直せばいいというくらい、気持ちが吹っ切れたんです」

 インタビューを受ける佐藤水菜

©Kiichi Matsumoto

 

■「攻める気持ちが良い結果を生むことをあらためて実感」

 

2020年夏にパリ五輪を見据えたナショナルチームに加わって3年。誰もが夢見る大舞台は佐藤にとってもまた特別な場所だ。

 

「4年に一度なので、マジで怖気づきそうだなと思っていましたが(笑)、ある意味、2023年の世界選手権でいろいろ経験できたことが生きてくると思います。まずは(代表)枠を取ることが最優先ですが、その後は日本人のなかで選考があります。誰かの分まで走るという思いは他の大会にはないもの。だからこそ、より強い気持ちで、攻めの姿勢で走らないといけない」

 

2023年9月のアジア競技大会ではターゲットにしていたハロン(助走付きの200mタイムトライアル)で日本記録を更新した(11月のジャパントラックカップで10秒563をたたき出し、再度更新)。

 

「アジア大会では走り方も手応えを感じられて、直後の松戸(オールガールズクラシック)では怖いものなしで走れました。攻める気持ちが良い結果を生むことをあらためて実感できたレースでした」

 

メダルを期待される4年に一度の祭典でも佐藤は“攻め”の姿勢をとことん貫く。

 

 

■驚異的な成長を続ける男はメダル獲得のみを目指す

 

「競技」と「競輪」の両方で活躍が期待されるニュースター・太田海也もまた大舞台を目標に見据え、自転車と向き合ってきた。

 

本格的に競技を始めてから2年足らずだが、驚異的なスピードで成長する怪物は、世界でも注目のスプリンターに数えられる。

 

高校まではボート競技に励み、インターハイでは優勝経験もある異色の経歴を持つ太田は、2021年に日本競輪選手養成所に入所。中野慎詞とともに121期を早期卒業し、めきめきと頭角を現した。

 

「ボートでオリンピックに出るのが目標でした。でも世界との差が大きいことも痛感していて。その原因が身長の低さだと言い訳し出した自分自身もすごく嫌で。自転車は昔から好きで、根拠はないのですがなぜか人よりも自転車を速く漕ぐことに自信を持っていたんです」

 2023世界選手権・グラスゴー大会での太田海也

2023世界選手権・グラスゴー大会での太田海也 ©More CADENCE/Shutaro Mochizuk

 

2022年1月にプロデビューすると、同時にナショナルチーム入りも果たした。

 

「同期では一番強いという自信もありましたが、実際にレースに出たり、代表のトレーニングに参加すると周りは想像以上に速く、強い選手ばかりで。1年間ぐらいは絶望の連続でした。とにかく勝てずスピードも出ない。自分が持っている力を信じてはいたけれど、何かを変えないといけない、と試行錯誤する日々を過ごしていました」

 

デビュー後、A級時代にレースで負けが続いたとき、「両立させるのは難しいのかな」と本気で悩んだこともあったという。カーボン製の自転車を使うケイリンに対し、鉄製を使う競輪。バンクの形状やルールも違う2つの両立は簡単なことではなかった。

 

■「競輪がケイリンに、ケイリンが競輪に生かされる」

 

「パワーの伝え方が違うんです。カーボンの自転車は多少粗い感じでもドーンと進んでくれるけれど、鉄製は針の穴に糸を通すように繊細にペダルを踏まないと進まない。ケイリンと競輪を行き来すると感覚をアジャストするのが最初は難しかった。ただ、まったく別のことをしているわけではない。それに競技ではパワーが、競輪では細かなテクニックが磨かれていく。競輪がケイリンに、ケイリンが競輪に生かされることもあって、今は両立しているからこそ手に入れられるものがあると感じています」

 

2023年2月のネーションズカップ第1戦ではスプリントで自身初の銀メダルを獲得。7本を9秒台で走りフィジカルの強さを見せつけた。第2戦でもケイリン、スプリント、チームスプリントの3種目で銅メダルを獲得。内容も驚異的だった。

 

第1戦のスプリントでは準々決勝でオランダの実力者ジェフリー・ホーフランドと対戦し、2本先取して勝利。第2戦では4年間スプリントの世界王者に君臨するハリー・ラブレイセン(オランダ)から準決勝で1本勝利をつかみ取った。日本人選手が辛酸を舐めてきた別次元の力を持つ東京五輪のメダリスト2人を前にしても、怯まなかった。

 

 

「本気で勝ちたいし、勝てると思っています。決して遠い存在ではない。2人にも弱点はあるし、それをどうやって攻略していくかを考えることが楽しいですね」

 インタビューを受ける太田海也

©Kiichi Matsumoto

 

■「いい勉強をさせてもらった」ジェイソンコーチとの時間

 

8月の世界選手権ではメダルに届かなかったが、アジア競技大会で二冠を達成するなど、2023年は評価に値する成績を残してきた。

 

驚異的な成長の裏には、ジェイソン・ニブレットヘッドコーチの存在がある。太田は自転車経験が浅いゆえにまだ粗削りなところも多い。2022年末、それを補うべくジェイソンコーチと共にトレーニングに励んだ。

 

「1カ月間ぐらい、週に1回1時間程度、ジェイソン自ら自転車に乗って指導してくれ、戦術や戦略、判断力の部分まで細かく叩きこまれました。そこで感じたのはパワーがなくてもテクニックだけでもある程度のレースができるということ。それが自信に繋がったし、レースでもそのトレーニングの成果が出た。本当に濃密な時間だったし、いい勉強をさせてもらいました」

 

25歳で迎える大舞台は「メダルを獲ること以外は考えていない」と言い切る。

 

スポンジのような吸収力が、さらなる進化を促す。自分自身の成長が、今、何よりも大きな原動力となっている。

 

佐藤、太田ら短距離陣は、東京五輪後に力を伸ばしてきた選手がパリ五輪の中心だ。

 

彼らに来夏どんな景色が待っているのか。2人は全開でペダルを踏み続ける。

 
 

佐藤水菜 Mina Sato

1998年、神奈川県生まれ。2017年日本競輪学校に合格し翌年デビュー。2021年世界選手権ケイリンで銀メダルを獲得後、競技でも表彰台の常連へ成長。2023年はUCIトラックネーションズカップのケイリンで優勝、アジア競技大会でケイリンとスプリントの二冠を達成。

太田海也 Kaiya Ota

1999年、岡山県生まれ。大学1年時にボート競技を断念し21歳で日本競輪学校に合格。才能を評価され早期卒業選手としてデビューしトラック競技ナショナルチームにも加入。2023年はUCIトラックネーションズカップで自身初のメダルを4個獲得した。

 
 

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