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日刊スポーツ「Girl’s Collection 2019」 久米詩選手編

2019.10.10

※この記事は2019年9月25日付けの日刊スポーツに掲載されたコラム「Girl’s Collection(ガールズコレクション)2019」です。

 

 

注目のガールズ選手を紹介する今月の「Girl’s Collection(ガールズコレクション)2019」は116期の久米詩(20=静岡)をクローズアップする。

 

元競輪選手の父・康徳氏(49)と、3人の指導者との出会いを通してどのような過程でガールズケイリンの選手になる決意を固めたのか。
笑顔がすてきな20歳の等身大の素顔に迫る。

 

父は京都の元S級レーサー久米康徳。キュートな笑顔で疾走するガールズケイリンのサラブレット久米詩(撮影・酒井清司)

 

 

高校までテニスに励んだスポーツ少女だった。
父・康徳氏は元競輪選手で16年2月に現役引退した後、4月から競輪学校の教官に転身した。
常に「競輪」は身近な存在だったが興味は持っていなかった。
それなのにどうしてガールズケイリンの選手になろうと考えたのか。

 

久米 高3の夏頃には大学進学を考えていたんですけど、大学でやりたいことが見つからなかったんです。
オープンキャンパスに行って何か違うなと思っちゃって。
それを父親に相談したら、選手を目指そうかという話になり、そこからは即決でした。

 

ただ競輪選手になると決めても、すぐにアスリートとしての気持ちにはならなかった。

 

久米 あまり覚悟を持たずに決めちゃったので、気持ちが入りにくかった。
だけど父親から、プロっていうのは覚悟を持ってやらなければならない。競輪選手っていうのはこういうものなんだって教えてもらった。
そこから覚悟を持ってできるようになった。

 

久米には3人の「師匠」がいる。

最初の師匠である京都の南昇さん(72、93年引退)と出会ったのもこの頃になる。

 

久米 最初に自転車に乗ったのは高3の秋頃でロードレーサーでした。バンクに入ったのは冬が近づいた頃。まず南さんに師匠になってもらって競輪魂を教えてもらった。それがなかったら競輪の事も深く知ることはありませんでした。

 

競輪学校の適性試験に受かった後に世話になったのが2人目の師匠である丸山繁一さん(54、13年引退)。

 

久米 丸山さんにはペダリングを一から教わりました。それ以外にも何から何まで教えてもらった。それがなかったら選手になるのは無理でした。

 

 

久米はInstagramのbio欄にも書いてあるが大切にしている言葉がある。
『愛』『命』『運』『縁』『恩』

 

久米 私が高校の最後くらいから大事にしているワード。
『愛』っていう言葉は元々好き。愛されたければ愛しろ。
『命』はもちろん大切に(笑)。

 

そして残りの3つの言葉が今の久米を表しているといってもいい。

 

久米 『運』は大事なところで持ち合わせないといけないもの。
『縁』と『恩』はつながりが深い。
縁って自分でつなぐこともできれば、切り離すこともできます。
自分で縁をつなげて恩を返す。全部当てはまると思います。

 

 

京都育ちだが、選手登録は両親が住む静岡に決めた。

縁という意味では3人目の師匠・栗田雅也(40=静岡)との出会いもそうだ。

 

久米 今は地元で栗田さんにお世話になっていますが、指導してくれた3人の内、誰がいなくても今の私はいない。
義理堅い、恩返しのようなレースをしていきたいです。

 

 

出会いという部分では石井寛子の存在が大きい。

8月松阪で一緒になり学ぶ部分が多かった。
普段は1人で練習することが多いが、ガールズならではの練習方法をアドバイスされた。

 

久米 石井さんの競輪に対する考え方とか取り組み方とは、私が目指しているトップアスリートの選手像です。
強い、弱いに関係なく取り組み方とか内面に引かれます。
トップに上り詰めた理由が分かりました。

 

 

久米が発する言葉はプロやアスリートといったフレーズが多い。
それは父親の影響も大きい。

 

久米 お父さんも尊敬しています。
タイトルは取れなかったけど、アスリートだなって感じます。
将来は自分が描いているトップアスリートになりたいです。

 

「頑張ります」お気に入りのシャツを着てガッツポーズの久米詩 

 

 

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