KEIRIN報知 ふたり分の夢駆けて 東京パラ五輪へ奮闘中

2019.12.26

※この記事は2019年12月24日付けのスポーツ報知に掲載されたコラム「KEIRIN報知」です。

 

 

ふたり分の夢駆けて 東京パラ五輪へ奮闘中

双子の妹が胎内で亡くなり生後まもなく右足失う 藤井美穂さん

生後間もなく右足を失った自転車競技の藤井美穂さん(25)。
20年東京2020パラリンピック出場、メダル獲得に向け、メイン会場となる静岡・伊豆ベロドロームで日々、苦しいトレーニングに汗を流している。

どんな苦境にも負けず、笑顔を忘れない藤井さん。
その生い立ちから、現在に至るまでを追った。

 

笑顔がまぶしい藤井さん。東京パラリンピックを目指す

 

「できなくてもいい でももう一度だけ」

屈託のない笑顔。キラキラ光る瞳。
その奥に見えるのは金メダル。
すぐ手の届くところまできている。
20年8月25日に開幕する「東京2020パラリンピック」。

藤井さんは夢の舞台へ向け、日々前進、時間を惜しんでトレーニングに励んでいる。

 

双子で生まれてくるはずだった。
しかし「妹が胎内で亡くなり…。私自身も右大腿が壊死(えし)した状態でした」。

出産予定より2ヵ月以上早かった。

自分の足を助けるために手術。
生きるための選択、生後10日で右足を切断した。

それでも藤井さんは明るく前を向いて生きてきた。

小学生の時だった。
鉄棒がどうしてもうまくできない。
その時、母が「できなくてもいい。でも、もう一度だけチャレンジしてみよう」と声をかけた。
その言葉を胸に、くじけそうになっても、諦めなかった。

右足がないだけ。

藤井さんにとってそれは、大きなことではない。

 

パラリンピックを意識したのは小学校6年生の時。
偶然テレビで観た車いすテニスだった。

「いつか自分も出たい」。

しかし、中学生になると、テニスはテニスでも「テーブルテニス」、卓球部に入部した。
「1年生の時だったんですけど、健常者の子に勝ったこともありました」。

この時からすでに勝負に対する意識、勝つにはどうすればいいかを分かっていた。

 

自転車との出会いは2014年。
北京大会からリオ大会まで、5つのメダルを獲得している藤田征樹(34)選手の装具を作っていた斎藤拓さんの勧めだった。

静岡・伊豆市にあるサイクルスポーツセンターの5キロコースに挑戦。
苦しかったが、どこか心地よかった。

それから1ヵ月後には「ワールドカップ」に参戦。
キャリアは不足していても、ポテンシャルの高さがあったからだ。
結果は惨敗でも、目標に向けたスタートとなった。

 

今年4月、藤井さんに転機が訪れる。

国際大会でも活躍した沼部早紀子さんが、パラサイクリング協会のヘッドコーチ(HC)に就任。
藤井さんを見てロードより短距離だと直感的に思った。

「藤井は不器用なんですが、伸びしろはあると思いました。バネがあるし瞬発力もいいものを持っている。持久系じゃなく短距離向き。種目を絞れば可能性が広がる」

 

信頼する沼部ヘッドコーチ(右)と東京パラリンピックでの活躍を誓う

 

 

東京でメダルを取るために沼部HCは決断した。
「500メートルに専念させたかったんです。それを話したら藤井の目がホッとしたように見えて(笑)」。

藤井さんも「ロードは好きじゃないんです。道路はがたがたするし、体が浮く感じになってしまうのが苦手」。

タイムは目に見えて自分の成長がわかる。
性格的にもそれが合っている。
後天性の切断だとバランスが悪くなるが、先天性なのでバランス感覚はいい。

 

ここまで合宿は100日を超えたが、それでもまだ足りていない。

沼部HCは「レベルが相当上がっているし、出るのもメダルを取るのも厳しい。それでも金メダルは取りたい」と熱く語った。

藤井さんは「パラリンピックだからといって特別に意識はしません。全力でお客さんが見て楽しいと思えるレースをしたいですね。魅せるレースを」。

そして最後に「生まれてこられなかった妹の分まで私は生きている。妹のためにも頑張る」と言い切った。

 

伊豆ベロドロームで日々トレーニングに励む藤井さん

 

 

子供たちに講演も

トレーニングの合間を縫って講演も行っている藤井さん。
つい最近も山口県の小学校を訪問した。集まった児童たちから「どうやって歩くの?」「買い物袋はどう持つの?」「得意技は何?」と次から次へと質問。しかし藤井さんにとってはその内容が不思議でならなかったらしい。
「だって、私は普通に生活しているし。でも子供たちにとっては左足しかないから、不思議だったんでしょうね。得意技に関してはジャンプって答えました(笑)」。

以前は「お風呂はどうやって入るんですか」って質問もあったらしく、その時の答えは「服を普通に脱いで、普通に体を洗います」。
答えを聞いた子供たちは、キョトンとしていたとのこと。

 

 

藤井美穂(ふじい・みほ)
1994年10月31日、茨城県水戸市生まれ。25歳。大成女子高卒業。
楽天ソシオビジネス勤務。普段は社内のコンビニで働いている。
今年4月から勤務時間の半分をトレーニングに当てられるようになった。
164cm、50kg。血液型O。

 

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