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<前編>初優勝が期待される松本詩乃 素質開花の2024年に注目! 【松本直のガールズケイリンちょっとイイ話】

特別企画 2024.01.10



“ミスターガールズケイリン”の異名を持つデイリースポーツ・松本直記者しか知らない、ガールズ選手の秘話や“いい話”を紹介します。



松本詩乃は東京都昭島市の出身。

4歳上の兄と2人きょうだい。

小さいころは兄の影響を強く受けて、女の子が好む遊びよりも、男の子が好む遊びが多かったそうだ。


「プリキュアよりヒーロー、戦隊ものが好きでした。

体を動かすことも好きだったのでサッカーやチャンバラをしてよく遊んでいました」



小学生時代も兄を追いかけてサッカークラブに所属。

勉強よりも運動が大好きな少女時代を送った。



中学生になるとバスケットボール部に入った。

バスケットボールを選んだ動機は「かわいい先輩が多かったし、イケイケな感じがしたので」と単純明快。部活動を楽しんだ。


体を動かすことが好きで得意だったこともあり、中学から高校への進学のタイミングで東京都が実施した「東京アスリート認定選手」へ応募。

この事業はオリンピックを目指す選手を発掘する目的で行われた。

松本は持ち前の運動神経の良さを発揮。2次、3次と試験をクリアしていった。


「いろんな種目があったのですが、最終的には自転車競技とボートで迷った。

昭和第一学園高校の文化祭を見学しに行き、いろんな話を聞いて、自転車競技を選びました。先輩には山本修平(115期)さん、鈴木玄人さん(117期)がいました。昭和第一学園高校自転車競技部の練習は立川競輪場が使えてすごく環境のいい中で部活動をさせてもらいました」と振り返った。


立川競輪場を拠点とするガールズケイリン選手たちと


立川競輪場ではガールズケイリン1期生の増茂るるこ小林莉子、3期生の奥井迪が練習をしている場面を目にすることもあったそうだが、高校卒業、即ガールズケイリン選手の道を選ぶことはしなかった。




「高校を卒業して競輪学校(現・日本競輪選手養成所)の試験に受かっていれば114期だった。願書も取り寄せたし、ガールズケイリンの選手になることも考えました。

でも大学に進学することを選びました。理由は同学年の小泉夢菜ちゃん。

高校時代、夢菜ちゃんにまったく勝てなかった。

タイムトライアルもケイリンも何をやっても勝てなかった。

大学に行ってもう少し力を付けてからでもいいのかなと思ったので、競輪学校を受験することは辞めました」


左から小泉夢菜、松本、南彩乃(旧姓・小林、112期)


高校卒業後は日本体育大学に進学。

寮生活のキャンパスライフは想像以上に楽しかったそうだ。


「日体大の自転車競技部は1つ上の先輩がナショナルチームに所属していた古山稀絵さんと、118期の岡本二菜さん。

高校時代とは違って大学の練習はワットバイク、パワーマックス、ウエイトトレーニングが中心でした。

大学の寮はいろんな部活の生徒と一緒。友だちが増えたし、刺激をもらって楽しかった」


松本と古山稀絵(写真右)


大学時代にはインカレや大学対抗戦でも結果を出した。

大学生活の4年間は松本にとって大事な時間だった。

競輪選手になるのか?自転車競技に区切りをつけて就職するのか?

いろんな選択肢を考える有意義な時間だったそうだ。



「進路はいろいろ考えました。日体大だし、卒業してから先生になることも頭にありました。

でも自分が生徒に授業をしているところを想像できなかったんですよね。

絶対生徒になめられる。教えることができないと思ったし、先生はないなと悟りました」


将来がなかなか決まらない中、選択肢の一つだったのがガールズケイリン選手。

2019年、立川で行われたガールズグランプリを生観戦したことで進路が定まった。


「大学3年生の冬。立川でガールズグランプリが開催されたので、現場に初めて見に行った。1コーナーで見ていたんですが、レース中からゴールまで鳥肌が立ちました。

優勝したのは児玉碧衣さん。最終3コーナーで石井寛子さんと梅川風子さんが落車してしまったんですが、お辞儀をして敢闘門に引き上げた石井寛子さんの姿が印象に残った。

ガールズケイリンをやりたいと思って、すぐに動き出しました」




■後編はコチラ



松本詩乃 Shino Matsumoto



誕生日:1999年3月7日

身長:157.1cm

期別:122期

登録地:東京都


松本直 Suguru Matsumoto



誕生日:1979年5月1日

所属:デイリースポーツ(競輪記者歴13年)


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