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<前編>すでに決勝常連!伸びしろたっぷりの124期・宇野紅音【松本直のガールズケイリンちょっとイイ話】

特別企画 2024.04.26



“ミスターガールズケイリン”の異名を持つデイリースポーツ・松本直記者しか知らない、ガールズ選手の秘話や“いい話”を紹介します。




宇野紅音は岐阜県岐阜市の出身。2つ上の姉、2つ下の弟と3人きょうだい。

物心が付いたときから表で遊ぶことが大好きな活発ガールだったそうだ。



「お姉ちゃんと弟はインドアでゲームをしていたのに、自分は表で鬼ごっこをして遊んでばかりのやんちゃな子でした。ママチャリに乗ることが大好きで何回転んでも乗り続けて遊んでいましたね(笑)」


運動は小学3年生からバレーボールクラブに入った。中学校でもバレーボール部に所属。

3年間続けたが、高校では自転車競技部への入部に迷いがなかった。




「中学2年生のとき、姉と弟が「弱虫ペダル」のアニメを見ていたんです。自分はアニメとか漫画はあまり興味がありませんでしたが、「弱虫ペダル」は面白かった。自転車に乗ってみたい。競技をやってみたいって気持ちになりました。

母が『ロードバイク買う?』って言ってくれたのも後押しになりました。高校進学も自転車競技部のある岐阜第一高校へ行きたいと思いました」


初めてロードバイクに乗った宇野


弱虫ペダルの影響で自転車に目覚めた宇野紅音。行きたい高校も定まったが、ここから先が大変だった。

勉強が苦手だったので、志望校入学へ推薦を勝ち取らなければならなかったそうだ。


「中学のときはやんちゃ過ぎて、問題児だったんです。親に迷惑を掛けました。岐阜第一高校に行きたいけど、勉強は苦手だし、推薦がほしいと思って、中学生活の後半戦は気持ちを入れ替えて学校の行事に対して積極的に頑張りました。

花壇の水やりを続けたり、体育祭の応援団長をしたり、合唱では指揮をしたり、とにかく推薦してもらえるようにいろんな行事で頑張りました」


問題児から優等生に転じて、一生懸命中学生活を送ると、念願の岐阜第一高校への推薦をつかみ取った。


自転車競技部の新入部員と


岐阜第一高校は自転車競技の名門。2008年北京五輪・ケイリン銅メダルの永井清史を筆頭に大勢の競輪選手を輩出している。ガールズケイリンでは118期の増田夕華が先輩だ。

強豪校の練習は想像以上にキツかった。思い描いたスクールライフとは違い、自転車漬けの3年間だった。


「自転車競技部、本当にキツかった(笑)。アルバイトをする暇もないし、学校の友だちと遊びに行くこともほとんどなかった。

休日の朝練習は6時から。練習場にいく時間を考えると起きるのは4時30分くらい。学校が休みになる週末は平日よりも厳しい練習の日々。だから日曜日の夕方のサザエさんのエンディングテーマを聞くとホッとするんです」



厳しい練習を支えてくれたのは母の存在だ。

「朝は自分より早く起きてくれて、朝ご飯の用意をしてくれて、補食のおにぎりも作ってくれて送り出してくれる。風が強くて、練習に行きたくないなって思う日は、こっそり練習場のそばまで車で送ってくれたんです。

練習が終わって家に帰れば、温かいごはんを作って待っていてくれた。お風呂も沸かしてくれたし洗濯もしてくれた。本当に感謝しかないです」


成人式の前撮りにて母と撮影


高校時代は練習オンリーの日々を過ごしたが、思い通りの成績を残すことはできなかった。同級生だった大野風貴芽が高校時代のタイトルを総なめ。宇野は大野を追いかける3年間だった。

進路を決めるとき、大野は大学へ進学して自転車競技を続けたが、宇野は高校を卒業してガールズケイリン選手を目指した。


高校時代の大会にて。写真の左から二番目が大野風貴芽。その横に金田舞夏、宇野、河内桜雪


「弱虫ペダルで自転車競技に興味を持ったとき、おじいちゃんと岐阜競輪場へレースを見に行ったことがあるんです。そのときはガールズケイリンもやっていてカッコいいなと思いました。

でもその後の男子のレースで落車があったんです。目の前で見ていて怖かったし、お客さんのヤジもすごかった。そのときはいろいろな怖さがあり、競輪選手の道は考えていなかったけど、高校1年の夏にガールズサマーキャンプに参加。そのときは1学年上の河内桜雪(122期・群馬)さんと同じ部屋になりいろいろ話をしました。

高校2年生になったとき、自転車競技部の監督と話をして競輪選手になりたいって思いました。監督が板橋常晶さんを紹介してくれて師匠になってもらいました」


宇野「高校の3年間で足がこんなふうになりました!」


選手になることを決めたら、一直線。日本競輪選手養成所の現役合格へ全力を注いだ。

タイムを出す1次試験は競技経験があったこともあり不安はなかった。きっちり1次試験を突破するが、面接、作文、SPIの2次試験は自信が全くなかったと振り返る。


「勉強は本当に苦手。2次試験は不安しかなかった。それでも監督や先輩の増田夕華さんに『面接と作文が大事』と聞いていたので、そこは念入りに対策をしました。

SPIは全部解けなかったけど、面接と作文で自分のことをアピールした。やるだけやって2次試験は終えました」


2次試験は秋に行われ、合格発表は年明けの1月。

合格発表は予定の時間より遅くなり、例年は15時前後の発表だが、123期、124期の合格発表は少し遅れたそうだ。


「15時になっても合格発表が出ない。なかなか結果が出ないから諦めて違うことをしていたんです。ママチャリの鍵を無くしてしまい、必死で探しているとき、大野さんから携帯に電話があったんです。『宇野ちゃん、おめでとう』って。びっくりとうれしさが一気に来ました」


意外な形で合格発表を聞いたが、思惑通り、養成所の一発合格に成功。

同期の中には高校時代に切磋琢磨した仲間の名前も多かった。



後編は、5月3日に公開予定です。

お楽しみに!



宇野紅音 Akane Uno



誕生日:2003年12月20日

身長:156.0cm

期別:124期

登録地:岐阜



松本直 Suguru Matsumoto



誕生日:1979年5月1日

所属:デイリースポーツ(競輪記者歴13年)


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