“暗黒期“を経験し2度のオリンピック出場! GⅠタイトルは3つ!! 中川誠一郎選手(熊本・85期)

2026.09.30

3つのGⅠタイトルを獲得し、自転車競技では2度のオリンピック出場という輝かしい実績を持つ中川誠一郎選手。

唯一無二の経験を積んできたレジェンドに、紆余曲折のあった歩みをインタビューしました。

 

2000年にデビューし、1年後には特別競輪(GⅠ・GⅡ)へ出場するようになり、選手生活はまさに順風満帆。2002年からは自転車競技のナショナルチームにも所属し、オリンピック出場を目指すようになりました。

しかし、オリンピックの壁は厚く、2度の落選を経験。

やさぐれて“暗黒期”に入りますが、再起を図り2度のオリンピック出場を果たしました。

2016年は、地元を襲った熊本地震発生直後に、被災地支援として行われた開催でGⅠ初制覇。

当時を「見えないチカラに背中を押される感覚だった」と振り返ります。

47歳となった現在もS級1班に在籍。優しくユーモアたっぷり、ファンから愛され続ける中川選手に注目です!

 

 

 

推し活で気付き

『オクロック熊本歌劇団』にハマっています!

女性の役者さんがやっている2.5次元舞台で、漫画の『前田慶次 かぶき旅』を舞台化しているんです。

前は、自分のことで精一杯だったので「人のこと推してる暇ねーよ」とか「推し活なんて何が楽しいんだ」と思っていて(笑)。

でも、ここ数年で、「自分ができないから人に託すんだ。それが推し活なんだ!」って気付いたんです!(笑)

今では2,000円払ってチェキを撮って、サインを書いてもらって喜んでますから(笑)。推し活は意外と楽しいですよ!

 

オクロックの推しです

 

酒を飲むこと、コーヒー、サウナも好きだし、誘われたらゴルフも行くし、下手くそだけど麻雀もやります。

例えば、ワッキー(脇本雄太選手)とは飲みか麻雀。荒井さん(荒井崇博選手)とは、ほぼ飲み。高木竜司さんはゲームとゴルフ仲間とか、いろいろと好きなことはあるけど、結局仲の良い人と一緒に過ごすことが好きなんですよね。

 

 

 

人生の誇り

小さい頃からスポーツが大好きで、中学まではバスケ、高校は陸上で短距離走をやっていました。

スポーツの勉強をしたくて大学を受験したんですが全校不合格で。浪人しようとしていたところ、叔父さん(瀬口孝一郎さん)が競輪を勧めてくれたんです。

競輪は、叔父さんのレースを見に熊本競輪場へ行ったことがあったので馴染みもありましたし、スポーツに関わる仕事に就きたかったので、目指すことを決めました。

 

デビュー後も意外と早くからS級に上がれて、『ヤンググランプリ』に出ていた頃は「競輪楽勝だわ」って感じでしたね(笑)。相当、調子に乗ってました(笑)。

2

002年には中野浩一さんが声をかけてくれて、ナショナルチームに入りました。「俺、オリンピックに出られちゃうんじゃないの?」っていうテンションで参加したら、先輩たちに全く歯が立たず、軽く跳ね返されましたよ(笑)。

当時は伏見俊昭さん、太田真一さん、神山雄一郎さんや山田裕仁さんなど、そうそうたるメンバーでしたから。

食らいついていこうと必死に頑張ったものの、アテネ(オリンピック:2004年)は出られず、北京(オリンピック:2008年)はなんとかなるかなという思いもありましたが落選。

さすがに30歳も間近だったので、年齢的にも厳しいだろうと思い、「もう辞めよう」とナショナルチームを離れました。

 

その頃が僕の暗黒期で、本当に生活が荒んでました。

パチンコ、酒、タバコまで吸ってみたり。典型的なやさぐれ方をして、ダメ人間のテンプレートみたいになってました(笑)。

競輪の成績もわかりやすく下がり、生活が危うくなるレベルまで落ちて、やっとちょっと頑張り出す、みたいな毎日でしたね。

 

 

暗黒期を脱したきっかけは、2011年に妹の諒子の付き添いで自転車競技の大会に行って、「もう一回、やりたいな」という気持ちになったことです。

関係者の方から『チャレンジ・ザ・オリンピック』っていう、ナショナルチームの入門試験みたいな記録会への参加を勧められ、そこでタイムを出せたので再合流できました。

 

北京に出られなかった反動がすごかったので、ナショナルチーム復帰後は「オリンピックは出られなくて当たり前。でも、やれることは全力でやっておこう」と考えるようになったんです。

その考え方が自分に合っていたのか、力を出せるようになりました。

ロンドン(オリンピック:2012年)直前の世界選手権で良い成績を残せて、オリンピック出場が決まった時は、人生で一番うれしかったです。

 

オリンピックの舞台は、めちゃくちゃ憧れていたからこそ死ぬほど緊張しました。

試合で何度も走ったことのある会場なのに、“五輪のマーク”が目に入ると異常に緊張して、一人でテンパってましたね(笑)。

スポーツをやっている人はみんな、オリンピックへの憧れがあると思うんです。まさかその夢が叶うなんて!僕の人生の誇りです。

 

 

オリンピックに出場して、競輪への姿勢も変わりました。

中野さんからも「日本代表がGⅠタイトルも取ってないなんて、おかしいだろ!」って言われていたのも刺激になりましたね。

 

2016年に初めてGⅠを取った時は、地元で熊本地震が起こった直後でした。

あの開催は、“全部の展開が自分に向いた”んです!目に見えないチカラに背中を押されている感覚しかなくて、“取らせてもらった感”がすごかったです。

逆に、2019年の『読売新聞社杯全日本選抜競輪』は、自分で狙って取れたGⅠでした。

地元地区の別府での開催だったので気持ちが入りましたし、ここに向けて計画的にやった結果、しっかり力を出せたので、「2016年の時とは対照的な取り方だな」と思います。

 

2019年2月『読売新聞社杯全日本選抜競輪』優勝時

 

『KEIRINグランプリ2019』出場選手
「GⅠ決勝はお客さんもワイワイ盛り上がる感じですが、グランプリは周回中に静まり返るような瞬間もあって、厳かな雰囲気があります」

 

僕はメンタルが強いほうではないし、オンとオフの切り替えも苦手です。

でも、自分自身との付き合い方がわかるようになったことが、今でも続けられている理由なのかなと思います。

最近はなるべく“ライン”の先頭を走らないようにして、“番手”の勉強中です。これまでやってこなかったことなので、新しい発見もあって刺激も入り、すごく面白いです。

今は10月の熊本記念(GⅢ)を目標に取り組んでいます。

 

ここ数年、出場できるGⅠはファンの人たちに選んでもらった『オールスター競輪』くらいです。ありがたいですね。

でも、じりじりファン投票の順位が下がってきたので、来年あたりヤバいかも(笑)。

これからも楽しみを見つけながら、モチベーションが続く限り、いつまでも走り続けたいと思います。

 

 

プライベートQ&A

Q:好きなドラマ

A:最近『ストレンジャー・シングス 未知の世界』を見てます。

ハマってるので、靴もストシンのコラボスニーカーです(笑)。

 

「最近、古着もよく買います」

 

Q:地元のおすすめ店

A:熊本の『いちのいち』っていうお寿司屋さん。

僕のコラム用の取材で記者さんと会う時は、8割この店です(笑)。

 

Q:勝負曲

A:何の勝負曲ですか?カラオケ?

カラオケは、菅田将暉の『虹』。一番点数が出ます。負けられない戦いの勝負曲です(笑)。

 

 

中川誠一郎 Seiichiro Nakagawa

 

1979年6月7日生まれ、熊本県熊本市出身

身長174.0cm、登録地は熊本県、ホームバンクは熊本競輪場

 

2000年 85期としてデビュー

2012年 ロンドンオリンピック チームスプリント8位、スプリント9位

2016年 『日本選手権競輪』でGⅠ初優勝

2016年 リオデジャネイロオリンピック出場

2019年 『読売新聞社杯全日本選抜競輪(GⅠ)』、『高松宮記念杯競輪(GⅠ)』で優勝

2023年 500勝達成

 

■詳しいプロフィールと出走情報はコチラ

 

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