新たな気持ちで競輪一本での再スタート 世界選手権 金メダリスト・山崎賢人選手(長崎・111期)

2026.10.14

2024年『トラック世界選手権』のケイリンで金メダルを獲得し、世界一に輝いた実績を持つ山崎賢人選手。

これまでの歩みやこれから目指す場所についてインタビューしました。

 

長崎県諫早市出身。中学から始めたバレーボールを大学卒業まで続けました。

競輪との接点は、大学時代に立川競輪場や京王閣競輪場へ観戦に訪れていたこと。

深谷知広選手の“先行”に魅了され、その走りを追い続けた2013年。一年の集大成である『KEIRINグランプリ』で風を切る姿に胸を打たれ、競輪選手になる決意をしたそうです。

2017年にデビューし、2018年に初出場したGⅠでいきなり決勝進出。飛ぶ鳥を落とす勢いでトップ戦線に食い込みました。

2019年12月には自転車競技のナショナルチームに所属。2024年の『世界選手権』ケイリン種目で、日本人として37年ぶりの優勝を飾る偉業を成し遂げました。

今年からは競輪一本。GⅠ優勝、グランプリの舞台を目指し、まい進しています。

33歳独身、競輪界を代表するアフロマン!応援してくれる人を大切にする優しい素顔に注目です。

 

 

 

長崎に戻って過ごす日々

モノへのこだわりがあまり無いので、お金を使うのは好きな車を買うくらいですかね。アメ車が結構好きです。

プライベートも全然大したことはしてなくて、近くのカフェにコーヒーを飲みに行ったり、映画を見に行ったり、買い物に出かけるくらいですかね〜。

コーヒーは好きなので、豆を買ってきて家でいれています。コロンビアのエメラルドマウンテンが飲みやすくて好きです。豆をひいている時も、ドリップしている時も、なんか楽しいですよ。「美味しくなるかな〜?」って考えながら、のんびりやってます(笑)。

 

写真左から嘉永泰斗選手、山崎選手、青柳靖起選手

 

昨年末にナショナルチームを離れて、伊豆から長崎に戻りました。長崎では荒井(崇博)さんや井上(昌己)さんなどと一緒に練習しています。環境は変わりましたが、自分で考えながら練習できているので問題はないですね。

荒井さんとは普段からレースのこともよく話しますし、「こういう練習をやってみたら」とか、いろんなアドバイスをくれるんです。知識も経験も豊富なので、すごく勉強になっています。

長崎や佐賀の選手と釣りに行くこともあります。最近では佐賀の山口貴弘さんが誘ってくれて、船釣りに行ってきました。ハタとか根魚系が多いですけど、ブリが釣れることもあるんですよ。

 

111期の同期と。写真左から小森貴大選手、田尾駿介選手、山崎選手、松本貴治選手

 

 

世界選手権で優勝

小さい頃から活発で、相撲と水泳をやっていました。中学では担任の先生に言われるがままバレーボール部に入って、大学まで続けました。プロの選手になりたいとかは全く思っていませんでしたが、バレーは好きでしたね。

教師になりたかったので、大学では教職課程を履修していました。でも、やればやるほど「向いてないな、これ」とわかってきたので(笑)、教育実習は行っていません。

 

大学時代の仲間と

 

大学時代、バレー部の先輩と一緒に立川と京王閣(競輪場)に行っていたんです。グレードレースの開催はたいてい見に行って、金網をつかみながら応援していました(笑)。

競輪選手になろうと思ったのは、大学3年生の時、(2013年の)グランプリを見たことがきっかけです。

深谷(知広)さんの“先行”がものすごく強くて、1年間ずっと注目して追いかけていたんです。金子(貴志)さんとの連携も何度も見ていました。その2人がグランプリの舞台でも連携して、深谷さんの“先行”、金子さんの優勝を生で見た時に、すごい鳥肌が立ったんです。

その時に「競輪選手になろう」と決めて、すぐに(日本競輪選手会の)長崎支部に電話しました。

あと1年大学があったので、在学中はバレーボールをやり切って、大学卒業後に長崎へ帰って練習を始めて、10カ月くらいで技能試験に合格しました。

 

 

デビュー後は“勢い”があったと自分でも思います。でも、あとちょっとのところで「うまくいかないな」「勝てないな」っていう状況が続いて、追い打ちをかけるように(2019年10月、先頭員早期追い抜きでの)失格があって。

気持ち的にも落ち込みましたが、ちょうどその頃に中野浩一さんと話をする機会があり、ナショナルチームに入ることになったんです。

 

先進的な練習を行っていると聞いていましたし、「強くなれるなら」と思い、入りました。

最初は“競輪に生かす”くらいの気持ちだったと思います。競技をやっているうちに、どんどん「勝ちたい」という気持ちになって、オリンピックを目指すようになりました。

でも、(2024年の)パリオリンピックは結局、リザーブメンバーになってしまい、4年かけてパリ出場に向けてやってきたので、喪失感とかショックもかなり大きかったです。

「このまま終わったら何も残らない」っていう気持ちも一方ではあって、自分の中での区切りをつけるためにも、「次の『世界選手権』まで頑張ってみよう」と臨んだ大会でした。

「メダルを取れなかったら、すっぱり辞めよう」くらいの気持ちだったなか、まさかの優勝で、形にできたことが本当にうれしかったですし、報われた気持ちになりました。

 

 

優勝もできたしもっと強くなれる気がして、もう一年頑張ってみましたが、25年の『世界選手権』の結果は惨敗。後ろ髪を引かれる気持ちもなく、すっぱりと競技からは引退しました。

この6年間を振り返ると、トレーニングの知識が増えたり、得たものがたくさんありました。

何より、「勝てない時も応援し続けてくれて、勝てた時は一緒に喜んでくれる」。そんな人たちがたくさんいると実感できたことが、人生の中で得た一番大きなものだと感じています。

 

同大会のスクラッチ種目で金メダルを獲得した窪木一茂選手と

 

ナショナルチームを離れたあとは、3カ月くらい伊豆に残って1人で練習していました。

「これから何を目指すのか」「どういうレースをしていきたいか」「どういう勝ち方をしたいか」と考えながら、自分に向き合う良い時間になったと思います。

 

目指したい場所として行き着いたのはやっぱり、競輪の道に進むキッカケとなった深谷さんの“先行”で金子さんが優勝したグランプリでした。

「あんな走りをして、自分もグランプリへ」と明確な目標を持って、新たな気持ちで、競輪一本での再スタートを切れました。

 

今年はじめから、GⅠ優勝を狙っています。

もらったあっせんをしっかり走り、応援してくれる人たちに走る姿を見せて、期待に応えたいです。

「アイツ強いな」と思ってもらえたら、それでいいかなって。あとはもう、買ってくれた車券に貢献できるように、精一杯頑張りたいと思います!

 

写真左から山崎選手、中石湊選手、太田海也選手

 

プライベートQ&A

Q:性格

A:マイペース。

申し訳ないくらいに、マイペースです(笑)。

 

Q:家族構成

A:男3兄弟の一番下です。

僕は独身です。性格に難があるんで(笑)。結婚願望は、ありますよ!

 

Q:チャームポイント

A:アフロ。これからもずっとやり続けます。髪が無くなるまでは。

美容室は4カ月に1回くらい。今回はカットしすぎました。

 

 

Q:よく聞くもの

A:ラジオ。TOKYO FMをよく流しています。『福のラジオ』とか聞きますね。

あと、『オールナイトニッポン』もずっと好きです。いいですよね〜。

最近はSpotifyで芸人さんのポッドキャストを聞いたりもします。

 

Q:好きな食べ物

A:卵料理。ゆで卵とか、ずっと食べてます。

ごはんは基本、外に食べに行くことが多いですが、自炊も多少します。お酒はめちゃくちゃ弱いのであんまり飲まないです。

 

Q:行きたい場所

A:鳥取砂丘に行きたいです!

 

 

山崎賢人 Kento Yamasaki

 

1992年 12月17日生まれ、長崎県諫早市出身

身長175.0cm、登録地は長崎県、ホームバンクは佐世保競輪場

 

2016年 日本大学を卒業、競輪学校に入学

2017年 競輪選手としてデビュー

2018年『オールスター競輪』でGⅠ初出場、決勝進出

2019年 自転車競技ナショナルチーム入り

2024年『世界選手権』ケイリンで金メダル

2025年 自転車競技を引退し競輪一本に

 

■詳しいプロフィールと出走情報はコチラ

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