デイリースポーツの競輪記者・松本直さんによるコラム「松本直のガールズケイリンちょっとイイ話」。第8回は、102期・千葉県所属の、篠崎新純(しのざきますみ)選手を紹介。自転車競技の名門・千葉経済大学附属高校で競技生活をスタートし、明治大学を卒業。自転車メーカーに就職するも、ガールズケイリンスタートの知らせを受け、1期生の102期として競輪学校に入学。車券に欠かせない存在として走り続けて10年目。更なる上昇を目指します。

車券には欠かせないガールズケイリンの安定株 篠崎新純

2021.09.03

篠崎新純は小さな頃から活発で体を動かすことが好きだった。

 

小学生の頃から身長が高かったためバスケットボールを始めたが、球技がからっきしダメだった。

 

球技が苦手だったこともあり、父が趣味で乗っていたロードレースの大会に付いていき、自転車の魅力にはまっていった。

 

 

高校は自転車競技部のある千葉経済大学付属高校を選択。

自転車競技の名門で、OBにはGⅠ・3勝の鈴木誠(55期・引退)や昨年のグランプリ覇者・和田健太郎(87期)がいる。

 

男子の場合は自転車競技部から競輪選手の道がはっきりとあったが、篠崎の学生時代には『ガールズケイリン』はなく、五輪出場が自然と目標になっていった。

 

高校時代の部活仲間の須藤誠(92期)や田中晴基(90期)は競輪選手になっていった。

 

 

篠崎は明治大学へ進学。

大学時代も自転車競技に没頭し、五輪出場を目標に練習の日々を送った。

 

大学卒業後はセオサイクルへ就職。

接客やレジ対応、事務業務をしていたが、ガールズケイリン開始の知らせを受けて「やるしかない」と一念発起。

 

ガールズケイリン1期生を目指すこととなった。

 

 

そのときの心境を篠崎は「大好きな自転車が仕事になるので、ガールズケイリンが始まることはうれしかった。

でももう少し早いタイミングで始まってくれればよかったなっていう思いもありました」と振り返る。

 

 

自転車競技の経験があったので日本競輪学校(現:日本競輪選手養成所)のガールズケイリン1期生には難なく合格したが、入学すると壁にぶつかった。

 

他競技から来た運動能力の高い同期たちに驚いた。

なかなか勝つことができず、挫折を味わった。

 

在校成績は13位。

卒業記念レースでは決勝進出し5着だったが、プロデビューに向けて不安しかなかったと話す。

 

 

プロデビューは12年7月の松戸競輪場。

予選2走は4、2着。

決勝6着と未勝利で終わった。

 

その当時を振り返ってもらうと、「松戸のデビュー戦は結果こそ出なかったけど感慨深かった。

今思い出すと、いろんな意味で甘かったですね。

練習はやっていたけど、努力の方向性がつかめていなかった」

 

デビュー直後の篠崎

 

 

初勝利はデビューから2か月後、9月平塚最終日の一般戦。

初優勝は翌13年2月の松戸だった。

 

「いろんなことが少しずつかみ合って結果を残せるようになった。

初優勝はうれしかったですね」

 

初優勝後もコンスタントに確定板(3着以内)に乗り、車券にしっかり貢献。

 

どの開催でも全力投球でガールズケイリンの安定株になった篠崎。

 

後輩期との対戦でも存在感ある走りを続けている。

 

「デビュー前に3年で終わると言われたガールズケイリン。

でもみんなの努力があり、いままで続いている。

 

新しい期が入ってくるとレースの形態がその度に変わります。

4期生が入ったときからは代謝の制度もできたので、落車が多くなりましたね。
※成績下位の選手が登録を抹消されること

 

やっぱり落車は無いほうがいい。

ガールズケイリンは1人じゃ成り立たない。

落車で走れない選手がいることは悲しいし、事故は減らしていきたいですね」

 

1期生として10年目に突入したガールズケイリンの今後を憂う。

 

102期の同期と。
写真上:左・篠崎、右:田中麻衣美

写真下:左:中村由香里、右:大和久保美
※撮影時のみマスクを外しています

 

 

篠崎自身も選手生活10年目の今年は変化を打ち出したい。

 

安定感は篠崎の大きな武器だが、現状打破へ新境地を開拓するつもりだ。

 

「落車で肩鎖関節の脱臼、ヘルニアになり歩くことがつらい時期はあったけど、成績は安定していた。

でももう一皮むけたい。

 

今は現状維持になっている。

気持ちの弱さが出ているので、自分の殻を破りたい。

守りに入っていては何のために苦しい練習をしているのか分からない。

 

先日の弥彦開催で(高木)真備と話す機会があって、真備も「大きいレースになると守りに入って攻められない」って話をしていた。

真備と話したことで、自分もやらないと、と思った。

 

1つ1つのレースを大切に走る積み重ねが大事だと思う。

(児玉)碧衣に勝つことは難しいと思うけど、競輪に絶対はないと思う。

 

今年37歳になるけど、経験やスキルはあると思う。

ハングリーにしぶとく走って、現状を変えていきたい」と力強く話してくれた。

 

※撮影時のみマスクを外しています

 

 

篠崎の学生時代にはなかったガールズケイリン選手という職業。

 

今なら自転車競技をやっている高校生、大学生にはガールズケイリンという選択肢が存在する。

 

「ガールズケイリンはいい仕事。若い人たちが憧れてやりたい仕事と言ってもらえるように頑張りたい」

 

 

ガールズケイリンの魅力を知っている1期生だからこそできることがある。

 

攻める気持ちを前面に出して奮闘する篠崎のこれからに注目したい。

 

※102期の同期と。
本人提供(撮影時のみマスクを外しています)
写真上:左・篠崎、中央・渡辺ゆかり、右・加瀬加奈子
写真下:左・関口美穂、右・中村由香里

 

 

 

篠崎新純 Masumi Shinozaki

誕生日:1984年12月15日
所属:千葉県
期別:102期
身長:172.6cm

 

松本直 Suguru Matsumoto

誕生日:1979年5月1日
所属:デイリースポーツ(競輪記者歴13年)

 

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