デイリースポーツの競輪記者・松本直さんによるコラム「松本直のガールズケイリンちょっとイイ話」。第8回は、102期・千葉県所属の、篠崎新純(しのざきますみ)選手を紹介。自転車競技の名門・千葉経済大学附属高校で競技生活をスタートし、明治大学を卒業。自転車メーカーに就職するも、ガールズケイリンスタートの知らせを受け、1期生の102期として競輪学校に入学。車券に欠かせない存在として走り続けて10年目。更なる上昇を目指します。

10年目に入っても元気いっぱい ガールズケイリン中村由香里の挑戦は止まらない

2021.09.30

中村由香里の人生は挑戦の連続だ。

 

大阪生まれ、大阪育ち。

兄弟は4歳上の兄が1人。

 

小さいころから活発でスイミングに熱中した。

小学校で陸上競技を始めるが、中学には陸上部がなかった。

友達に誘われてソフトボールをしてみたが、中村にははまらなかった。

 

挑戦するエネルギーの行き先を見失いかけたが、勉強へと軌道修正すると、机に向かっている時間が楽しくなり、勉強にはまっていき、志望した高校へと入学。

 

大学進学は将来を考えて大阪教育大学へ。

 

「教えることが好きだったし子供も好きだったから」と教師の道を選択。

大阪市内の小学校で丸7年教員を務めた。

 

 

教員の仕事に不満はなかったが、ふとした瞬間に「ガールズケイリン復活」の新聞記事が目にとまった。

やりたいと思うと突き進む、中村の性格はハッキリしている。

 

趣味で自転車に乗ることはあったが、ガールズケイリンがどんなものか分からない状況にもかかわらず、「競輪挑戦」のスイッチが入ってしまった。

 

新聞記事が出たタイミングは小学6年生の担任をしている10月。

すぐにでも動き出したい気持ちはあったが、受け持っている生徒たちを送り出すことが最優先。

3月までは教職を全うした。

 

卒業生と一緒のタイミングで小学校教員を退職し、ガールズケイリン選手を目指すこととなった。

 

 

4月から日本競輪学校(現:日本競輪選手養成所)ガールズ1期生の試験に向けて動き出した。

 

しかし、前例のない状況下。

どうやれば選手になれるか分からなかったが、自転車の競技場に行けば何とかなると思い、大阪府河内長野市にある関西サイクルスポーツセンターへ出向いた。

 

そこで運命の出会いが待っていた。

後に師匠となる田谷勇(54期・引退)との出会いだ。

 

「田谷さんとの出会いは本当にたまたま。

関西サイクルスポーツセンターでいきなり声を掛けられた。『ウエイトトレーニングやったことある?』って。

なんのことか分からなかったけど、この人に付いていけば何とかなるのかなって直感で思った」と笑いながら師匠との出会いを話してくれた。

 

師匠の田谷勇と

 

直感は大当たり。

どうすれば選手になれるか分からなかった中村に、師匠は手取り足取り競輪選手になるためのアドバイスをくれた。

 

試験に合わせて1000メートルと200メートルの練習を繰り返し、ガールズ1期生の試験は難なく合格。

日本競輪学校の門をたたくこととなった。

 

 

周囲の反対は多かった。

しかし中村はやりたいと思ったことは止められない性分。

 

中村は海の物とも山の物とも分からない状態だった「ガールズケイリン」に対して、良いイメージしかなかったと話してくれた。

 

「人生は挑戦でしよう。ガールズケイリンに対してわくわくしかなかった。

自分は安定した生活を求めていなかったんですよ。

教員をしていたときに思ったことなんですが、子供は1日1日成長していくのだから、大人だって成長、挑戦を続けていいのではと」

 

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