キラキラと輝く成田可菜絵 挑戦はまだまだ終わらない
2022.05.09
競輪学校は10位で卒業。
デビューに向けて師匠の古原勝己以外にも中沢孝之の指導を受けて実戦に向けて備えた。
デビュー戦は2017年7月の前橋で7、6、6着。
2場所目は生まれ故郷の函館があっせんされたが、4、6、3着。
いきなりプロの厚い壁に阻まれた。
「同期はいい結果を出していくし、焦りがありました。
やっていけるのかな。クビになっちゃうよ。競輪、向いていないのかな」といろいろ考えました。

3場所目は地元岸和田。
予選は6、3着と決勝進出を逃したが、最終日の一般戦は思い切って先行勝負。
結果は逃げ切り1着と初勝利をゲットした。
「開き直ってやったら結果が出た。
みんなから自力を出したほうがいいよってアドバイスをもらったし、自力を出していくことにしました」
4場所目の8月四日市では決勝進出。
デビュー年は3回、決勝に乗ることができた。
2年目は予選で車券にしっかりと絡むことが増えて、決勝に乗ることも増えていった。
6月松戸から9月いわき平まで9場所連続で決勝進出と、初優勝は目前と思われた。
しかしそこから初優勝までの道のりは時間が掛かった。

初優勝は20年1月の京王閣だった。
京王閣の1場所前の岐阜は5月のコレクション出場者を決めるトライアルレース。
5、5、2着と決勝進出を逃した。
当時は決勝進出の常連だっただけに決勝に乗れなかったことが悔しかった。
その思いを追加の京王閣にぶつけた。
梶田舞、篠崎新純と強敵はそろった開催だったが、成田は持ち前のダッシュを生かしたカマシ先行を連日決めて1、1着で勝ち上がり。
決勝も思い切りよく仕掛けて、3連勝の完全Vで初優勝を達成した。

20年は初優勝以降も決勝の常連に成長。
1月京王閣から8月岐阜まで14場所連続で決勝進出。
11月にはガールズグランプリトライアル出場も果たした。
しかし初のガールズグランプリトライアルは7、7、4着と車券に絡むことができず悔しい結果に終わった。
「ガールズグランプリトライアルに出られることがわかってから、張り切って練習をし過ぎました。
ギックリ腰になって10月頭の向日町から欠場が続いて、ガールズグランプリトライアルがぶっつけ本番。
体はキツい状態だったけど、自分でつかみ取ったガールズグランプリトライアルだったからはいつくばってでも小倉にいきました」
21年は腰の状態もよくなり、成績も安定した。
しかし、9月の西武園で落車。大ケガを負ってしまった。
「レースでは初の落車。左肩鎖関節の脱臼にろっ骨も骨折。苦しかったですね。
周りの選手からは『これで一人前の競輪選手だ』とは言われたけど、しんどかった」

落車でフレームが壊れて、気持ちも心も折れたが、このままでは終われない。
コツコツと地道なトレーニングを積み重ね、22年は復活の1年と位置づけている。
「思うようなレースがまだできないけど、少しずつ上向いてきている。
もう一度、ガールズグランプリトライアルに万全の状態で参加したい。
あの場所にもう一度戻れるように頑張っていく」

小さなころの目標は「自分の足でお金を稼ぐ」。
陸上では達成することはできなかったが自転車に乗ることでプロスポーツ選手になるという夢はかなえた。
キラキラと輝く成田可菜絵の挑戦はまだまだ終わらない。

成田可菜絵 Kanae Narita

生年月日:1987年5月9日
身長:166.0cm
期別:112期
登録地:大阪府
松本直 Suguru Matsumoto

誕生日:1979年5月1日
所属:デイリースポーツ(競輪記者歴13年)
コンテンツを楽しむだけでポイントが貯まる
ゲームに参加したり、コラムを読んでクイズに答えたりして、
「けいマルポイント」を貯めてポイント数に応じてプレゼント企画に応募できます。
この記事が気に入ったら
いいね! してね。





