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<前編>沖縄発の2年目・池原杏「私を見て選手になったと言ってもらえるように!」【松本直のガールズケイリンちょっとイイ話】

特別企画 2026.04.17



“ミスターガールズケイリン”の異名を持つデイリースポーツ・松本直記者しか知らない、ガールズ選手の秘話や“いい話”を紹介します。




池原杏は沖縄県うるま市の出身。4歳下の弟と2人きょうだい。小さな頃はおとなしい女の子だったそうだ。



父の趣味がサイクリングだったこともあり、自転車には幼い頃から慣れ親しんでいた。小学校低学年の頃からロードバイクに乗って遊ぶことが大好きだった。




小学3年生の時、友だちに誘われたことがきっかけでバスケットボールを始めた。中学生の時は硬式テニスに挑戦した。


「元々小学生の時、遊びでバドミントンをやっていたこともあって、ラケット種目をやってみたかった。地元の中学校へ進学して硬式テニス部があったので、友だちを誘って入部しました」



硬式テニスでは団体だが県大会で優勝や、九州大会に出場など好成績を収めた。

高校は県立北中城高校へ進学。北中城高校といえば沖縄県の自転車競技部の名門。S級で活躍する伊藤颯馬(115期)などがOBだ。


「中学3年生の時、進路に迷っていました。特にやりたいことがなかった。中学まで自転車、バスケ、テニスとやってきたけど、バスケは小学生の時に終わっているし、テニスは中学で3年間続けて、自分のレベルが分かっていた。それでも高校生活でスポーツはしたいと思っていた。それなら自転車競技かなと思った。高校進学の時は、大学にも行きたいと思っていたこともあって、自転車競技をやって実績を積み上げていきたいと思っていた。だから自宅からは少し遠かったけど、北中城高校に行って自転車競技をやろうと決めて、高校受験をしました」



北中城高校は沖縄県内唯一の自転車競技場まで自転車で5分の場所にあり、県内の自転車競技をやりたい高校生が集まる学校。

高校時代は自宅から自転車で高校に通って、自転車漬けの青春を送っていた。


ガールズケイリン選手を目指すきっかけはプロ選手との交流だった。

北中城高校の生徒は練習で自転車競技場に入る。この自転車競技場には沖縄県登録の選手も練習に訪れる。そこで見る競輪選手たちのキラキラした姿に池原の心は動いた。


「北中城高校に入って最初の頃は競輪もガールズケイリンも知らなかった。大学に行くものだと思って黙々と練習しているだけでした。でも2年生になった頃、バンクで仲松勝太(96期)さんの練習グループの人たちと一緒になったんです。競輪選手、ガールズケイリン選手という職業もその時に知りました。ただその当時は結果を残せていなかった。インターハイに出ることがゴールだったので、選手になれるなんて思っていなかった。自分の頭の中で選手は学生時代からナショナルチームで活躍したり、高校や大学ですごい実績を残した人がなれる職業だと思っていました」



当時の自分の実績では選手になることは無理だろうと決めつけていた時に、ガールズケイリン選手に出会ったことで価値観が大きく変わったそうだ。


「仲松勝太さんの練習グループに会って、競輪選手という職業は頭の片隅にあったけど、自分は厳しいだろうと思っていました。大学に進学かなって思っていた高校2年生の冬に加藤舞(116期)さんに会ったんです。当時の舞さんは秋田登録で沖縄へ冬季移動して練習をしている状況だったのですが、いろいろお話をさせてもらいました。そうしたら舞さんも自転車競技をやっていなかったけど、選手になれたんだよと教えてくれた。その後に比嘉真梨代(114期)さんとも話す機会があり、真梨代さんもいったん社会人をやってから選手を目指したって教えてくれた。スポーツから離れた時間があっても練習をしっかりすれば選手になれるって分かった時に、自分もなりたいと興味が湧いてきました」



そんなタイミングで沖縄県初のガールズケイリン選手・比嘉真梨代が2021年9月の奈良で初優勝を達成した。この優勝がきっかけで比嘉と池原の関係性が強くなっていった。


「自分が高校2年生の9月に真梨代さんが優勝したんです。優勝したあとに競技場で会うことがあり『優勝おめでとうございます』ってあいさつをしました。そのあとからよく話をするようになりました。真梨代さんと話をしたり、そばにいることで選手になりたい気持ちが強くなっていきました。真梨代さんも舞さんもカッコいい。選手としても1人の女性としても自立しているし、きれいだった。自分も選手になって2人みたいになりたいと思わせてくれる存在でした」


池原と比嘉真梨代


ガールズケイリン選手との交流を持ったことで選手になりたい強い気持ちが芽生え、高校3年生の時には部活動にも力が入った。

比嘉真梨代から機材を借りて大会に出たりと、明確になった進路のために歩みを進めた。



高校3年生の秋、卒業見込みで日本競輪選手養成所126期の試験を受験した。現実的に合格レベルのタイムに届いていなかったが、試験には挑戦した。

これは比嘉真梨代からのアドバイスだった。


「高校3年生の時、126期の試験は受けたけど、タイムが出なくて1次試験で落ちてしまいました。でも後悔はないです。真梨代さんから自分のレベルを知っておいたほうがいいと言われていたので。高校卒業後の浪人期間は充実していました。他の人の話だと浪人期間はしんどかったという話を聞きますけどね。自分は足りないところを埋める練習を毎日していました。午前中は仲松勝太さんたちの仲松道場のメンバーで練習をして、午後は真梨代さんがマンツーマンで練習に付き合ってくれました。本当に周りのみなさんのおかげで1年間のアマチュア生活はあっという間でした」


師匠は仲松勝太だが池原にとって比嘉真梨代の存在は大きい。特にアマチュア時代はよく面倒を見てもらったそうだ。


「アマチュア時代、真梨代さんはレースがない時、全体練習のあとはいつもマンツーマンでプラスアルファの練習に付き合ってくれました。食事もトレーニングの一環で鍛えてもらいました。自分は量を食べられるけど、体に付きにくいタイプ。それで体重が軽かったけど、真梨代さんとの食トレで体を大きくすることができました。練習終わりには一緒に海に行ったりして楽しかった。アマチュア時代にお金も掛かるしアルバイトを考えていたけど、真梨代さんが『アルバイトする時間があったら練習をしたほうがいい』って言ってくれた。昼ご飯の代金とかは真梨代さんや(仲松)勝太さん、その他沖縄の先輩たちに面倒を見てもらったり、本当にたくさん助けてもらいました」


■後編はコチラ



池原杏 An Ikehara



誕生日:2004年10月15日

身長:161.3cm

期別:128期

登録地:沖縄県


松本直 Suguru Matsumoto



誕生日:1979年5月1日

所属:デイリースポーツ


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